2025年10月の記事一覧

「出展作家紹介/工房からの風」New

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glassworks tre(ガラス)

Q1
「工房からの風」への出展作品についてお尋ねします。
glassworks treさんの代表的な作品、または、定番的な作品、作り続けている作品の中から、ひとつをご紹介ください。

A1
2021年頃から作っているものです。
線が集まることで、単純なものが複雑になっていく様子が面白くて、上手く表現できないかなと思って制作しています。
外側の模様が内側から透けて見えるところもガラスらしくていいなと思っています。

Q2
もう一つ作品について教えてください。
今回、特に見ていただきたい作品はどのようなものでしょうか。
新作や、今特に力を注いでいる作品についてひとつをご紹介ください。

A2
電気窯を使って作ることをキルンワークというのですが、ガラスは溶けて液体になっても水のようにサラサラではないため、石膏型の中を流れるように厚みは5mm程度持たせて作ります。
そのため私の作品は少し厚みがあります。
ひとつの作品というよりは、全体を通してキルンワークならではの、ガラスの厚みや重みも手に取って感じてみてほしいです。

Q3
glassworks treさんの「工房」で印象的な「もの」をひとつ教えてください。

A3
電気窯でしょうか。
陶芸用の小型電気窯をガラスの焼成に使用しています。
大学を卒業してから自宅で制作ができるよう購入しました。
100Vで使えるこの電気窯は、制作を続けるうえでなくてはならないものです。

石膏型にガラスを詰めて焼成するキルンワークでの作品作り。
こちらで掲載した作品はシックな色あいですが、広やかな色彩のガラス作品を制作されています。
頃合いのよい厚みのガラスに、すこしくぐもりながらも内側から輝くような光を感じさせてくれるガラス作品。
秋の日の空の下で、どのように目に、心に映るでしょうか。

glassworks tre(グラスワークス トリエ)さんの出展場所は、本八幡方面から入ってまっさきのテント。
スペイン階段前です。

glassworks treさんのインスタグラムは、こちらです。
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工房での制作光景はこちらの映像をご覧ください。
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映像編集:いとうゆり

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山野実優さん(陶芸)

Q1
「工房からの風」への出展作品についてお尋ねします。
山野実優さんの代表的な作品、または、定番的な作品、作り続けている作品の中から、ひとつをご紹介ください。

A1
私が作る定番的な作品の一つとして、一輪挿しがあります。
作品制作する上で大切にしていることの一つとして、その人の生活に寄り添い、元気を与えることができるような作品づくりを目指しています。
そのツールのひとつとして、小さく、日常に加えやすい一輪挿しを制作し、多くの人に手に取って頂きやすい一輪挿しを定番商品として制作しています。

Q2
もう一つ作品について教えてください。
今回、特に見ていただきたい作品はどのようなものでしょうか。
新作や、今特に力を注いでいる作品についてひとつをご紹介ください。

A2
今、力を注いでいる作品はプレート作品になります。
今までは自身の作風である「研磨」という技法を食器類に活かすのが難しく、一輪挿しや蓋物など主に食器以外の器を制作してきましたが、今回は「研磨」を用いた食器、プレート作品に挑戦しています。
お皿の中や、プレート裏のなど、細部にもこだわりを施していますので、ぜひ会場でご覧になっていただきたいです。

Q3
山野実優さんの「工房」で印象的な「もの」をひとつ教えてください。

A3
わたしの工房で印象的なものは、作品の模様を彫るときに使う「カンナ」です。
大学生時代、陶芸の恩師にいただいた道具で、刃の部分は彫るたびに少しづつ擦り切れていく為、何度も刃を自身で作り直し、取り換え続け、いまでも使い続けています。

心にすぅっと光が差し込んでくるような眩しい美しさ。
山野実優さんの陶磁器に初めて触れたとき、そんな印象を抱きました。

今年の「工房からの風」には、1990年代生まれのフレッシュな出展作家が10人いらっしゃいます。
山野実優さんも、そのうちのおひとり。

心に響くデザインを、細やかな技法でかたちにしていく制作。
もくもくとひたむきに作られた瑞々しい陶器が「工房からの風」に並びます。

山野実優さんの出展場所は、本八幡方面から入ってまっさきに建つテント。
スペイン階段前になります。

ホームページはこちらです。
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出展作家名を公開しました

9月に入り、日中の猛暑はあいかわらずですけれど、朝晩には秋の気配を感じるようになりました。

第23回工房からの風のメインビジュアルと、出展作家名を公開いたしました。

出展作家 → click

メインビジュアルは、恒例の大野八生さん。
今回は、いちじくをメインに据えて描いていただきました。

「新鮮な作り手たちは、時代の中で果実のように生まれてきます。」

第一回目から掲げてきたフレーズ。
実は、近年あまり表立ってうたってきませんでした。
しばらく寝かせて?あらためて、新鮮に掲げてみようと思った次第です。
原点に還るような気持ちで。

果実の意味を、今回はいちじくに託して。

あと2か月弱。
全国の55の工房で、作品という果実も、最後の実りに向けて熟成されています。
10月25日、26日の土日。
ニッケコルトンプラザでお待ちしております。

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つくるひとの手−工房からの風景 Index

今展より6名の作家から寄稿いただいた
「つくるひとの手−工房からの風景」をまとめました。
◎この文章は、当日、風人テントで写真と共に展示いたします◎

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吉田欣司(木工) これまで
片岡陽子(Taller Uraraka・紅型染め) カタルーニャでの紅型制作
hada makoto(木彫) 今日も作っている
川端マリコ(木工) 森を知り、樹を活かすものづくり
上山 遼(dairoku・陶芸) 「日常」の中に閃きを
角舘徳子(こぎん刺し) 彼女たちの時間

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彼女たちの時間 角舘徳子さん(こぎん刺し)

今展より6名の作家から寄稿いただきました。
「つくるひとの手−工房からの風景」

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彼女たちの時間
角舘徳子

いつも自由になりたかった。
制約から逃れ、役割から逃れ、自分ではないものになりたかった。

旅に出ようと思った。
約束事の多いこぎん刺しからできるだけ離れたい一心で。
遠ざかるために走った、泳いだ。風を切り水を切り。
身を置く場所を変えてもみた。
今まであったことのない人たちに会い、もまれ働いた。

少し自由になった気がした。
けれどクタクタになって体を横たえるとき、無我夢中でつくる日々をどこかで懐かしんではいなかったか。
布の目に忠実なのは、なんだか格好悪く思えた。
あるときはキャンバスを前に、粘土を前に、形を作った。
いつしか私は一定の形を刻んでいることに気づいた。体の中にあるリズムに突き動かされている。絵画の筆の跡は、彫刻の指の跡は、針目にとてもよく似ていた。
制作に明け暮れた日々を懐かしく思い出す。
こぎんを刺す間、私は目と手だけの存在になる。そこに思念はなく、空っぽの頭に時々音楽が流れるだけ。私の求めていた自由とは自己を忘れることではなかったか。

三年前、遠ざけていた子供を産んだ。
何一つ思い通りにならない毎日。
けれど、大嫌いだった、再び何かに縛られる日々は、なぜだか心地よかった。
死なせてしまうのではないかと恐れていた子供は、とても弱々しかったはずなのに、自分の持つ、生きる力で今日も起き、食べ、排泄をしたり、たどたどしい言葉で話したりしている。

”ありがたい”何かに感謝する。
神に?日々に?家族に、支えてくれる人に。
流れる音楽に、取り囲む美しいものたちに。
今日も揃って息をしている。それだけで満足してしまえるようになった。心底生きにくいと感じていた世界がやさしくなった。

寝静まった夜、ふと思う。過去の彼女たちはどんな気持ちでこぎんを刺していたのだろう?家族のため?自分のため?それは自己表現の為だろうか。
今ならわかる。彼女たちは離れたいから刺すのだ。
無になって、母親でもお嫁さんでも、自分でもなくなって、瞑想の中でただ刺す。手と、目だけの空っぽの頭で。クタクタの体。きっと横たわれば1秒もしないで眠ってしまう程の。けれど横にはならず腰掛けて針を持つ。
その自由は、私も求めていたものに違いなかった。だから刺している間、私と彼女らは確かに繋がっている。愉しく自由でたまらなく愛おしい時間のために、そして生きるために。
今日もこぎんを刺している。
そういうことに決まっていたのだと思う。

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「日常」の中に閃きを  上山遼さん(dairoku・陶芸)

今展より6名の作家から寄稿いただきました。
「つくるひとの手−工房からの風景」

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「日常」の中に閃きを
上山遼

兵庫県にて「物質」「日常」「感覚」をテーマに制作しています。
小さい頃から焼き物に興味があった訳ではなく、むしろそのような世界とは無縁で、とにかく外で遊ぶ子供でした。

焼きものに携わる前は、看護師として働き、傍ら写真作家としても活動をしていました。
写真という媒体と向き合い、展示活動をする中で、「何か自分からかけ離れていることをしている」ような感覚に陥っていきました。
自分の手の届く範囲のものや「日常」の生活環境に視点が移った頃、偶然TVで放送していた珠洲焼のドキュメントを見ました。
その中で作家が土練機から出てくる板状の土の塊をそのまま焼いて、板皿を仕上げている姿を見て、真新しい感覚に出会いました。
小学校の図工で粘土からマグカップを作った記憶はありますが、生活の中で当たり前にある食事の場で必要なうつわが「こんなにダイレクトに土からできているのか」となんとも言えない気持ちになりました。

その感動を胸に、実際に珠洲を訪ね、陶芸体験をしたところ、自分の手で土に触れることでさらにその感動は大きくなり、「土」という自然のものと、自分の手でそれに触れる行為が非常に心地よかったのです。
そして、帰ってすぐ写真という「光」という媒体から「土」へと対象が変化をし、陶芸制作を始めました。

自分はバブル崩壊後生まれで、物心ついた頃には生活の中に沢山の物が溢れており、自分が日々使っている物が一つ一つどのようにできているのかも、理解せず使用していました。だからこそ「日常」に潜む再発見は非常に興味深いものでした。
さらにデジタル社会が台頭している現代で、昔と比較すると「もの」を所有することが圧倒的に少なくなってきて、スマホ主体で生活を営む人も多いと思います。
デジタルという質量のないもので溢れた生活では、身体性を持って何かに触れる機会が少なく感じます。
そのような状況だからこそ、「日常」という半永久的に続く生活行為の中で、人間の身体「感覚」を通して「物質」を想起させたい。
そのことによって、自己の「身体性」を取り戻し、生活の中での心身が豊かになっていくものを制作できればと思い、焼き物に携わっています。

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森を知り、樹を活かすものづくり 川端マリコさん(木工)

今展より6名の作家から寄稿いただきました。
「つくるひとの手−工房からの風景」

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森を知り、樹を活かすものづくり
川端マリコ

みずみずしい丸太から手道具だけで作品をつくる日々は、素材の個性を受け入れ、良さを見つけて活かすことの繰り返し。
斧で割るたびに新たな表情との出会いがあります。
個性を五感で愛でながら、心身健やかでいられること、場所に縛られることなく、穏やかに樹と向き合いながらあいまいで、人間的なものづくりができることは、この時代、とても幸せなことなのかもしれません。

素材は木材になることのない、伐りたての間伐樹です。
自ら森林整備に参加し、森を知ること、育った地へ足を運び、空気を知ることを制作のはじまりと考えています。
伐られた樹ではあるけれど、新鮮なうちは感情のある共同制作者と思い、触れ合っています。
言葉はなくとも、かすかに感情の起伏があり、長く触れていると少し心を傾けてくれている感覚があります。

乾いたあとの、樹の生み出したおおらかなゆらぎが美しかったとき。
さらに手のひらのなかで削って、削って、作品へ生まれ変わったときの表情の違い。
成長のつづきを見ているようで、制作の励みとなっています。

樹は身近な存在ではあるけれど、もちろん寿命があります。
守ってゆくことは大切ですが、無理に生かされている樹が、日常を脅かす存在になってしまうのはとても辛いことです。
良きタイミングにどのようなプロセスで活かし、その後長く使ってゆくかを考えることも大切であること。
木材として流通することのない、身近な素材を扱うものづくりをきっかけに、森や樹から学んだ視点です。

樹の命を生涯もっとも長く使う食具のスプーンに変え、生かし続けることができる、このものづくりに不思議な縁を感じています。
使うことで日常に寄り添う樹や森を想う、ゆるやかなつながりの種となる作品を地道に生みだしてゆきたいと思います。

代々、食に関わる家系で育ちました。
幼い頃の、樹々に囲まれた環境での楽しみは食事の時間。
いくつになっても、私にとって森と食卓はしあわせの場所です。

手にぴったりと馴染む食具を使うことは、
食事の時間を楽しくしたり、美味しく感じたりする力があると感じています。

ふぞろいの丸太から手彫りで削りだしたぴかぴかのスプーンは、同じものがありません。
人間らしく自分のものさしで選ぶ楽しさや難しさを知っていただき、その感覚を大切にしていただけますように。
そして、スプーンの表情が変わってくるころには、頼もしい食事のパートナーでありますように。

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今日も作っている hada makoto(木彫)

今展より6名の作家から寄稿いただきました。
「つくるひとの手−工房からの風景」

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私は作品を作るが、 本当に作っているのは 「もの」 なのか。

出展し始めた頃に、 同じ方と別のクラフトフェアでお会いし、 その時の会話が印象深く残っている。
一度目にお会いした後、 ご自身の誕生花を調べられたそうだ。
私のいないところで作品をきっかけに、 目の前の人は 「調べる」 という行動を起こした。
何か一つ気づくと見え始めるものがあるように、 会話の一つやささやかなことでも、 作品がきっかけで何かが起きることは嬉しい。
作品の先にあることを垣間見た。

モチーフを決める時に 「好き」 だけではない軸になるものを求めた。
好みとは別でつながるもの。
花は花でも 多年草になった背景。
もともと多年草をよく育てていた。
でもかまいすぎやうっかり放置で枯らすことが多かった。
多年草であっても次も花を見られることは当たり前ではなかった。
これが人との出会いに通じるものを感じた。

クラフトフェアは時期がほぼ決まっている。
それを開花時期と捉えて、 フェアを土に、 作品を花と捉えてみた。
繰り返し咲くことは当たり前ではない。
その中で出会うこと。
再会もあり得ること。
これはまた咲く花になり得て、 持ち主と作品にまた会えるものかもしれないと思った。
育てなくても、 街中に多年草はある。
見慣れた景色の中のその存在に気づくか否か。
それは何をもたらすのか。
毎月祖父の月命日に行くが、 家からお墓まで半分以上が上り坂。
ラストは猛烈な激坂。
しんどくて俯きながら進んでいるとアスファルトの割れ目の花に気づいた。
しんどくてもかわいいに気づいて笑った。
ちょっと元気をもらった。
また 歩き出して少ししてから、 モチーフにしたことある花だったかも、 とまた笑った。

気づいた。
本当に作っているものは、 ちゃんと応募用紙に書いていた。
「見慣れた景色を改めてたのしめるような毎日」 で 、
「手に取って下さる方がいて完成していくような作品」。
私一人で完成しないものを今日も作っている。

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カタルーニャでの紅型制作 片岡陽子さん ( Taller Uraraka )

今展より6名の作家から寄稿いただきました。
「つくるひとの手−工房からの風景」

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カタルーニャでの紅型制作
片岡 陽子 ( Taller Uraraka )

私の紅型との出会いは17歳の頃、東京国立博物館で沖縄本土復帰20周年記念「海上の道」展にて古典紅型の着物を数点拝観したことでした。
鮮やかな色合、色が少しはみ出たり、模様がずれたりしても気にならない伸びやかな絵柄に魅了されて、沖縄県立芸大で紅型や染織の技法を学びました。
当時は京都出身の伊砂利彦先生が常勤、非常勤講師に城間栄順先生と金城昌太郎先生が古典柄の模写や道具の作り方などまで教えに来ていました。
伊砂先生は富本憲吉の「模様から模様をつくらず」という言葉を繰り返し説き、スケッチからオリジナルの図案を作る大切さを学びました。
大学を卒業してからはアルバイトをしながら制作・展示活動。染色専攻同期で紅型を続けたのは私ともう一人工房へ入った方だけでした。

“呼ばれている気がする”
自分の直観に従い、1年間暮らせる分位の貯金をして、2003年夏に単身渡英した事が大きな転機になりました。
行ってすぐは自分の英語のレベルの低さに呆れ、旅行と暮らすのでは必要な語彙量が全然違うと悟り反省…
それでも運よく語学学校で友達にバイトを紹介してもらい、将来の伴侶とも出会えました。
彼は2年休職して渡英しており復職を希望、2005年秋には彼の故郷スペイン北部カタルーニャのジロナへ一緒に移住することになりました。
まずスペイン語を学んだものの、周りは皆カタルーニャ語を話すため、2言語を学ぶ事には随分苦労しました。
徐々に街から田舎へ移り、東京に生まれた私が、今は人口300人程の村に在住しています。
畑を耕し、鶏を飼ったり、自然に近い暮らしで、染仕事との向き合い方も変わってきました。

2013年~紅型を教えはじめ、3年後に自営業の登録をした時は、何年続くかな?と思いました。
日本から遠く材料の入手も難しい中で紅型を続ける意味とは?
正直何度も首をかしげつつ、その度に続けろと夫を始め周囲の方達に励まされ、良きご縁が広がり、今がある事に感謝しています。
国内でも海外でも作家として生きつづけるのは容易な事ではありません。でも海外だからこそ紅型を通して日本・沖縄と文化の架け橋になれたらと、ここでの自分の役目が少しずつ見えてきました。
模様は日々の暮らしからつむぎ、素材(染料・顔料・布地)も地元のものを取り入れ、カタルーニャならではの紅型表現が出来る様に日々制作しています。
地中海のゆるやかな染仕事を、ぜひ実際に観て触れて楽しんでいただけたら幸いです。

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これまで 吉田欣司さん(木工)

今展より6名の作家から寄稿いただきました。
「つくるひとの手−工房からの風景」

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これまで
吉田欣司

建築、インテリアの学校を卒業後、家具製作会社を経て、2016年に京都府亀岡市に、無垢の木を使ったテーブルや椅子、TVボード等のインテリアを中心としたオーダーメイド家具工房として独立しました。

独立当初から家具で余った端材でお皿やお盆を製作して、マルシェやイベントに出展するようになりました。
家具製作からこだわっていたのは、鉋や鑿など伝統的な手道具で仕上げることで、木を削る感触や仕上がった木の質感に魅了されていきました。
コツコツと同じ作業を繰り返すことが苦にならない性格だったこともあり、次第に家具より小物を製作する割合が増えていったことがきっかけでクラフトフェアに応募しようと思った矢先、コロナ禍となってしまい出展することができなくなりました。

2020年4月から3年間はとても有難い事に県立施設の木工指導員として間伐材を利用した木製遊具の製作や木工教室を開催する仕事を経験させていただきました。
コロナ禍の3年間は木工指導員をしながら、少ない時間を見つけては自身の作品を製作して、年に数回、百貨店で出展の機会をいただいていました。
先がどうなるのかわからない状況でしたが、木工作家としていつでも活動開始できるように、手道具や刃物の研ぎ方など木工の基本技術をもう一度見直し、新たに漆の作品を製作したり、この期間を利用してコツコツと作品の幅を広げていきました。

日々意識していることは学生時代に建築家の先生から教えてもらった【手で思考する】という言葉です。
もちろん建築と木工とではその解釈もスケールも違いますが、特に木工は手を動かして作りながら形を考えることがやりやすい分野なのかと思います。
また、たくさんの数を作ることも意識しています。
繰り返したくさん作ることで技術も上がり、その中で新たな発見があるからです。

2023年3月末に木工指導員を退職して、クラフトフェアや百貨店に出展し、本格的に活動を開始することができました。
やはり作品を発表する場があることは本当に嬉しく、2024年2月にはご縁をいただき大阪のギャラリーにて自身初の個展を開催させていただくことになりました。
コロナ禍でずっと思い描いていた木工作家としてやっと歩み出せた気がします。

同年に工房からの風に出展させていただくことが決まり、これまで積み上げてきた物をたくさんの方々にご覧いただける機会ですのでしっかりと準備して当日を迎えたいと思います。